・シードディスティニー FINAL PLUS AFTER
「ダメかな?」
そう言って彼は笑顔で右手を差し出してきた。
その表情からは、自分がやってきたことへの罪の意識なんてものは全く感じられなかった。
だから俺は、その手を強く払いのけた。
「シン!」
アスランが俺を非難するような声を上げる。だが俺の耳には、そんなものは届かない。
「俺のことは、もうほっといてくれ!」
そう叫んで、誰とも目を合わさずその場を後にする。
背後からは追って来るルナの足音が聞こえる。
あの人を殴ってやりたかった。
その直後に殺されてもいい、ただ一発あの顔に拳をめり込ませたかった。
だがそんなことをして何になる?
俺は負けたんだ。
敗者はただ、去ることしか出来ないんだ。
自分のうめき声で目が覚めた。
全身から冷や汗が流れ、目覚めの悪さに吐きそうになる。
「あなた、どうしたの? 大丈夫?」
視界に光が戻ってくる。
横を向くと、心配そうな顔でこちらを見つめる妻の姿が見えた。
「なんでもない、ちょっと昔の夢を見ただけだよ」
そう答えると妻は安堵のため息をもらした。
あれから50年が経った。
戦争終結後、俺は軍を退役し、妻の生まれ故郷で雑貨屋を開いた。
小さな店で、決して楽な仕事ではなかった。
それでも二人で慎ましく生きていくには充分だった。
やがて息子が生まれ、店もそこそこ繁盛し、老後を過ごすだけの蓄えを作ることも出来た。
今ではその仕事も引退し、息子夫婦に全てを任せている。
世界は変わった。
ラクス・クラインの政治手腕は見事なものだった。
彼女を中心とする独裁政権の確立、恐怖による支配は、時勢も味方して速やかに行われた。
一度体制が整えばそれを崩すのは難しかった。
変革を求めようとする者が現れるたびに、世界最強のコーディネーターが空を駆け、駆逐、殲滅するのだ。
そのパイロットも20年前に前線を退くことになったが、その頃にはもうラクス政権に逆らおうとする者は誰もいなかった。
自由の名を冠するMSが作り上げたのは、その名に反してひどく不自由な世界だった。
それは決して俺の望んだ世界の在り方ではなかった。
口にこそ出さないが、今でも俺はあの人たちを許してないし、そう考えている人が多くいることも知っている。
けれど、それでも人は生きている。
どんなに世界が変わろうと、どんなに時代が移ろうと、人は生きていけるんだ。
「泣きたくなったら、泣いていいのよ」
その言葉で思考が現実へ引き戻される。
俺の顔をのぞき込みながら、妻は慈しむような目を向けていた。
「どうしたんだ、急に」
「あなたが悲しそうな目をするからよ」
「そうか、すまない。お前には心配かけてばかりだな」
「気にしないで。私のヒザなら、いつでも貸してあげるんだからね」
そう言って妻は優しく微笑んだ。
その顔が泣いているように見えて、同時に俺は全てを失ったあの日のことを思い出した。
「じゃあ、お願いしようかな」
ゆっくりと起き上がり、妻のベッドへ移る。
ベッドの上で座る妻のヒザに、かつてと同じように頭を置いた。
「時々、思い出すの」
妻が小さな声でつぶやいた。
「あのとき、私の撃ったビームがジブリールの乗る船に当たっていれば、私があなたとアスランの間に割って入らなければ、今とは違う世界になって
たのかなって」
それは彼女の口からはじめて漏れた、後悔の念だった。
妻もまた、かつての記憶に縛られたまま生きてきたのだ。
「気にするなよ。全部済んだことじゃないか」
俺は笑みを浮かべ、妻をいたわる。
彼女は小さく微笑み、もう白くなった俺の髪をゆっくりと梳いた。
途端に強烈な眠気が襲ってくる。
それは抗いがたい、とても魅惑的な誘いだった。
「なんだか疲れたな。もう少し眠ることにするよ」
「ええ、分かったわ。このままおやすみなさい」
「今までありがとな」
「やあね、どうしたの突然」
「なんでもないよ。おやすみ、ルナ」
「ええ。おやすみ、シン」
薄れてゆく意識の中、失われた人たちの姿がぼんやりと浮かんだ。
父さん、母さん、マユ、ステラ。
ようやくみんなに会えるよ。
俺は瞳を閉じ、永遠に続く深い闇の中へ落ちていった。
目からこぼれた熱い感覚だけが、いつまでも心の中に残り続けた。